相手を傷つけたくない気持ちがフィードバックをためらわせる伝え手の心理
はじめに
組織やチームにおけるフィードバックは、個人の成長を促し、全体のパフォーマンスを向上させるための重要なプロセスです。受け手にとって建設的なフィードバックを受け止めることの難しさについては、多くの議論がなされています。しかし、フィードバックを「伝える側」もまた、様々な心理的な障壁に直面することがあります。その中でも、「相手を傷つけたくない」という気持ちは、多くの伝え手がフィードバックをためらう、あるいは曖昧にしてしまう根本的な原因の一つとなり得ます。
伝え手がフィードバックをためらう「傷つけたくない」という心理
フィードバック、特に改善点や課題に関するものを伝える際に、「相手を傷つけてしまうのではないか」と懸念する気持ちは、人間関係において自然な感情と言えます。この心理の背景には、いくつかの要因が考えられます。
1. 共感性と他者への配慮
伝え手が持つ共感性の高さは、相手の感情を想像し、痛みを避けさせたいという動機につながります。フィードバックによって相手が落ち込んだり、反発したりする可能性を想像すると、結果として何も伝えない、あるいは当たり障りのない表現に終始してしまうことがあります。これは、伝え手が相手との良好な関係性を維持したいと強く願っている表れでもあります。
2. 衝突やネガティブな状況の回避欲求
フィードバックが、相手の反発や不機嫌さを招き、一時的にでも関係性が悪化することを避けたいという心理も影響します。波風を立てたくない、平穏を保ちたいという欲求が、伝えるべきことを伝えずに済ませる選択につながることがあります。
3. 伝え手自身の自己評価への影響への懸念
「相手を傷つけた」という事実は、伝え手自身の「良い人間でありたい」「相手に貢献したい」といった自己評価を傷つける可能性があります。フィードバックの結果として相手が不利益を被ったり、感情的に不安定になったりした場合、「自分の伝え方が悪かったのではないか」「自分が相手を傷つけてしまった」といった罪悪感や後悔を感じることを無意識のうちに避けようとすることがあります。
4. フィードバックの技術への自信のなさ
どのように伝えれば相手を傷つけずに済むか、あるいは建設的に受け止めてもらえるかといった伝え方のスキルに自信がない場合も、「失敗して相手を傷つけるくらいなら、言わない方がましだ」と考えてしまうことがあります。
フィードバックをためらうことによる影響
「相手を傷つけたくない」という気持ちからフィードバックをためらうことは、伝え手自身の心理的な負担を軽減する一時的な手段となるかもしれません。しかし、長期的には様々なネガティブな影響をもたらす可能性があります。
- 相手の成長機会の損失: 改善点や課題が伝わらないため、相手は自身のパフォーマンスを高める機会を逸してしまいます。
- 問題の長期化・悪化: 小さな問題が放置されることで、より大きな問題へと発展する可能性があります。
- チーム全体の停滞: 個人の成長が止まったり、問題が放置されたりすることは、チーム全体のパフォーマンスや雰囲気にも悪影響を及ぼします。
- 伝え手自身のストレス: 伝えるべきことを伝えられない状態が続くと、伝え手の中にフラストレーションが溜まり、ストレスの原因となることがあります。
「傷つけたくない」気持ちを乗り越え、建設的なフィードバックを伝えるために
「相手を傷つけたくない」という自然な感情を持ちながらも、それを乗り越えて相手の成長や状況改善につながるフィードバックを伝えるためには、いくつかの実践的なアプローチが有効です。
1. フィードバックの「目的」を再確認する
フィードバックは、相手を個人的に攻撃したり、評価を確定させたりするためのものではなく、相手の成長を支援し、共に状況をより良くしていくためのものです。この建設的な目的を強く意識することで、「傷つけるかもしれない」という恐れよりも、「成長を支援する」という前向きな意図が上回るようになります。
2. 「人」ではなく「行動」や「状況」に焦点を当てる
人格や能力そのものを批判するのではなく、特定の「行動」や「状況」、その「結果」に焦点を当ててフィードバックを構成します。「あなたは〇〇な人だ」ではなく、「〇〇のタスクにおける△△という行動は、このような結果につながりました」のように、客観的な事実に即して伝えることを心がけます。
3. 具体的な情報を提供する
曖昧な表現や一般的な批判ではなく、いつ、どこで、どのような行動が見られ、それがどのような影響や結果をもたらしたのかを具体的に伝えます。具体的な事例に基づいたフィードバックは、受け手が状況を理解しやすく、改善策を考えやすくなります。
4. ポジティブな意図と期待を伝える
フィードバックの冒頭や結びに、相手へのポジティブな期待や、より良くなってほしいという意図を伝えることで、フィードバック全体の受け取られ方が大きく変わります。「あなたのポテンシャルをさらに活かしてほしい」「チームとして成功するために、この点について共に考えていきたい」といった前向きなメッセージを添えることが有効です。
5. タイミングや場所、言葉選びに配慮する
相手が落ち着いて話を聞ける状況か、他に聞いている人がいないかなど、フィードバックを行う環境を整えることも重要です。また、一方的な「ダメ出し」ではなく、相手の状況や感情を想像し、より丁寧で配慮のある言葉を選ぶ努力をします。
6. 対話形式を意識する
フィードバックは、伝え手から受け手への一方通行ではなく、対話を通じて行うことが理想的です。フィードバックを伝えた後に、相手の考えや状況について問いかけ、共に解決策を探る姿勢を示すことで、受け手は一方的に責められているとは感じにくくなります。
7. スキルとして捉え、実践を重ねる
建設的なフィードバックのスキルは、学ぶことができ、実践によって磨かれていきます。関連する書籍や研修を活用したり、まずはリスクの少ない状況で練習を重ねたりすることで、自信を持ってフィードバックできるようになります。
まとめ
「相手を傷つけたくない」という気持ちは、フィードバックをためらわせる伝え手の自然な心理です。しかし、その結果としてフィードバックが行われなかったり、曖昧になったりすることは、相手の成長機会の損失や問題の長期化を招き、巡り巡ってチームや組織全体にネガティブな影響を与えます。
この気持ちを完全に消し去る必要はありません。むしろ、相手への配慮があるからこそ、どうすればより建設的に伝わるかを真剣に考えることができます。フィードバックの目的を明確にし、「人」ではなく「行動」に焦点を当て、具体的な情報とポジティブな意図を添えて、対話の姿勢で伝えること。これらの実践を通じて、「傷つけたくない」という気持ちを、フィードバックをより良くするためのエネルギーに変えていくことが可能です。伝え手がフィードバックの難しさを乗り越えることは、自身の成長はもちろん、相手やチームの成長にも大きく貢献することでしょう。